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位相をズラして足し算!M-S処理でマスタリングの仕上がりアップ!

マスタリングを行う際などに耳にするM-S処理、2MIXをMid成分とSide成分に分けて処理を行う方法なのですが、言葉でわかっていても実際になにが行われているのか理解が出来ないこともあります。

使い所が正しければ、他では出来ない処理が可能になるM-S処理、今回はそんなM-S処理について、原理とメリットを簡単に説明していきます。また、幾つかのM-S処理に対応したプラグインも合わせてご紹介していきます。



目次

M-S処理とは

LeftとRightの2チャンネルで構成されるステレオ信号を、Mid成分(L+R)とSide成分(L-R/R-L)の3チャンネルに分けて個別に処理する方法です。

M/SプロセッシングM/S処理: mid/side processing)とは、ステレオ音声の処理方式の1つで、和信号と差信号によって処理をおこなうものである。

ステレオ音声は通常、左(left;L)と右(right;R)の2チャンネルの信号によって構成される。ここから和信号MをL+Rとして、差信号SをL-Rとして得られる。この和信号Mはモノラル成分であり、差信号Sはステレオ差分成分である。また同形のアルゴリズムでL信号をM+S、R信号をM-Sとして復号できる(ただし2倍に増幅される)。

Wikipedia M/Sプロセッシングより

 

この方法により、センター定位の音とLRにパンニングされた音を別々に処理することが可能になり、サウンドの広がりや包み込み感などを調整することが可能になります。

M-S処理の原理

ステレオミックスの中でボーカルトラックなどのセンターにパンニング(定位)されたトラックがセンターから聞こえるのは、LチャンネルとRチャンネルから同じ音量で出力されているためです。

そのために、センター定位のトラックは出力のLチャンネルとRチャンネルを引き算(L-R/R-L)して作成するSide成分には含まれず、出力されなくなります。

一言で引き算と言っても意味が解らないと思います、この引き算の理解には位相について理解しておく必要があります。

位相とは

音声信号は交流の信号で、時間と共に信号量が変化していきます。

電流や電圧、信号が時間とともに変化するものを交流といい、その周期の位置が位相である。

Wikipedia 位相 – 交流における位相 より

例えば、アナログ時計が2つあり、秒針まで含めてぴったり同じ時間を刻んでいるとします。秒針は周期的に回転しているので、この状態を位相が合っている状態、正相と言います。

逆に、それぞれの時計が30秒だけズレていると、秒針の位置が常に180度ズレた状態で周期的に回転している状態になります。円の一周は360度なので180度は丁度半分、半周期ズレた状態です。この状態を逆相と言います。

音声信号と位相

では、実際に音声信号と位相はどのような関係にあるのか見ていきましょう。

Sinewave1k

この画像は正弦波(Sine Wave)の1周期を表しています。真ん中の直線がスタート地点でそこから一周している波形です。こちらの波形をAとします。

sinewave1k_inv

こちらの画像は同じ正弦波の逆相信号の波形です。先ほどの画像と比べて半周期(180度)ズレているのがわかるかと思います。こちらはBの波形とします。逆相波形なので、B=-Aと言い換えることができます。

A,B2つの波形を足し算すると、以下のようになります。

hakei

キャプチャーミスではありません。Aの波形と逆相信号のBの波形の合成を行うとお互いに打ち消しあって、信号が消えてしまうのです。

B=-Aを利用して、数学の式でイメージしていただくと以下のとおりです。

A+B = A+(-A) = 0

正相信号と逆相信号を足し算すると0になる、つまり、音声信号は出力されなくなります。

逆に正相信号と逆相信号を引き算すると、

A-B = A-(-A) = A+A = 2A

逆相信号を引き算すると、信号は2倍になります。マイクケーブルなどのバランス伝送では差動アンプというミキサーの回路でこの引き算を行うことによって、ノイズ対策を行っています。

M-S処理と位相

位相について理解が深まったところで、話をM-S処理に戻しましょう。

センター定位のトラックがSide成分に含まれないのは、LチャンネルとRチャンネルに正相で、かつ同じ音量で含まれているからです。LチャンネルとRチャンネルで音量差があるセンター定位以外のトラックは引き算されても無くなることはなくSide成分が残ります。

M-S処理では、LチャンネルからはSide成分のL-Rとセンター定位のMid成分のL+Rが、RチャンネルからはSide成分のR-Lとセンター定位のMid成分のL+Rがそれぞれ出力されます。

それぞれを足し算すると、Lチャンネルは、
(L-R) + (L+R) = 2L
Rチャンネルは、
(R-L) + (L+R) = 2R
となり、元の2倍の音量のステレオミックスが復元されているのがわかるかと思います。




M-S処理のメリット

Mid成分とSide成分にはそれぞれ含まれている楽器やトラックが異なります。当然、それぞれに最適なEQやコンプレッサーの設定も異なるために、別々の設定のプラグインを使用できることは大きなメリットになります。

Mid成分、Side成分に多く含まれる楽器

Mid成分にはリズムのキモとなるバスドラム、スネアドラムやベース音、主旋律となるリード楽器やメインボーカルが多く含まれます。

Side成分には、伴奏を担当するエレキギターやストリングス、キーボード、フィルインなどに使用するドラムのタム、シンバル類やリバーブ音などが多く含まれます。

M-S処理を行うことで、主役級のMid成分の音に反応したコンプレッサーがSide成分を潰しすぎてしまうことや、Side成分に流れ出たリズム楽器の低域によりMIX全体が濁ってしまうことを避けられます。

M-S処理でのEQ、コンプレッサー

ステレオ状態の2MIXにコンプレッサーをかけると音量の大きいトラックの音にコンプレッサーが反応して全体の音量が不安定になりがちです。また、ボーカルに抜け感を出そうとしてEQで高域をブーストするとストリングスやギターの音が痛い音になってしまうこともあります。

M-S処理を行うことで、Mid成分のコンプレッサーを弱めてSide成分をしっかりコンプレッションすることや、Mid成分の高域だけを足すなど処理の幅がひろがります。

また、MIXの段階でしっかりとバランスを取っていてもマスタリング作業のリミッターで音圧を上げた際に、聴感上のバランスが若干崩れてしまうことはよくあります。

私のマスタリングでのM-S処理でのEQ、コンプ術の基本は、リミッターにより音量をついてことで出っ張ってくるSide成分の低域と高域の痛いポイントをカットしてコンプレッサーで潰しつつ音量を上げる。Mid成分もリミッターで出てきたベースとバスドラムあたりの低域の山の部分をカットする、というような方法です。

M-S方式での音圧

現在マスタリングは一時期のように音圧をどこまで詰め込めるかを競う競技では無くなってきました。それでも、リミッターで音圧を稼いでいるのに市販のCDなどと比べて自分の作品の音圧が不足していると言う方は多く見受けられます。

確かに、パッと聴いたときにメジャー作品のような音圧がないと説得力にかけると思われる方も多いかと思います。

先ほどもご説明した通り、通常の2Mixをステレオのままマスタリングを行うと音の大きい楽器にコンプレッサー、リミッターの動作が引っ張られてしまい十分に音圧が稼げないまま、音量が不安定な作品にしあがりがちです。

本来、アレンジ、レコーディング、MIXの段階で計画的に音を重ねて行けば、深刻な音圧不足に悩まされることはないハズなのですが、不足していると感じる音圧はSide成分の音圧である場合が多いです。

Mid成分がもうこれ以上音圧が上がらない、といった状態でもSide成分にはまだ余裕があったりします。この余裕がある空間にコンプレッションしたSide成分を入れてやることで最終的な聴感上の音圧はアップします。あまり突っ込みすぎると元々のMIXバランスが崩壊してしまうので注意しながら少しづつやるのがよいでしょう。

M-S処理を行う方法

ここからはDAW上でM-S処理を行う方法についてです。

1.M-S処理対応プラグインを使用する。

これが一番手取り早い方法です。M-S処理対応プラグインは負荷が大きいものが多いので、2MIXを書き出してから別セッションで使用するのがよいでしょう。

iZotope / Ozone7

Ozone 7はマスタリングに必要な機能を一通り備えた統合型プラグインです。イコライザー、コンプレッサーの動作をモジュールごとにM-Sに切り替えることができるため、これひとつでMIXの仕上げ、マスタリングを行うことが可能です。

また、比較的安価なことや視認性の高いメーター、EQを採用していることも特徴として上げることができます。

Waves / H-EQ

HEQ

Waves社のH-EQもM-S処理に対応しています。各バンドごとにEQのタイプを切り替え可能なため、カットはデジタルEQで、ブーストはアナログモデリングEQで、ということが可能です。MidとSideのバランスをフェーダーで簡単に取ることができるのもポイントです。

Brainworks  / bx_digital

braineq

今はV3まで出ているのかな、画像はV2です。細かい設定が可能なM-S処理対応EQです。プリセットが大変優秀で、プリセットをベースに微調整を行うだけで使用できるのが大きなメリットです。ベース/プレゼンスシフトで半自動的に低域、高域の調整を行うことができます。

癖のないマスタリングに特化したEQでアナログ機材を使用しているのに近い、操作系もわかりやすいEQです。

2.M-S処理を手動で行う

別の記事でM-S処理を手動で行う方法と注意点について触れています。そちらの記事を参考にしてください。

なお、参考記事でも触れていますが、MidとSideにそれぞれに必ず同じプラグインをインサートするようにしてください。使用しないからといって片方だけにプラグインをインサートすると場合によってはレイテンシーの影響で2MIXの時間軸がズレてしまって位相の問題を引き起こす可能性があります。

レイテンシーについては下記記事をご参照ください。

 




3行でまとめると

  • 逆相を足し算すると消える!
  • 正相を足し算すると2倍になる!
  • M-S処理で仕上がりアップ!

最後に

M-S処理と位相について、簡単にご紹介してきました。各項目掘り下げるとキリがないぐらい深い話になってしまうので、これくらいでご容赦を。

M-S処理はマスタリングだけでなく、MIX時にも小ネタとして使用可能です。好きなCDを聞き込んだり、試しにM-S処理をやってみて、自分なりのスタンダードを作っておくとコツがつかめてくると思います。

 

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