MIX内に各トラックの音を配置していく際に大切な定位。
例えばエレキギターやシンセサイザーと言った楽器は、ボーカルパートと被らないようにサイドに配置したり、リバーブ成分なんかも広がり感を出すためにサイドに配置することが多いのではないでしょうか。
基本的に同じ定位に複数の音が配置されると、その場所の音が濁り聴き取りづらくなります。
定位を決めるためにはPANを振って各トラックを配置していくのですが、セオリー通りに配置していく上でどうしても避けられないのがセンター定位のトラック同士の住み分けです。
今回はこのセンター定位のトラックの分離を良くして聴きやすいMIXを組み立てる方法について解説をしていきます。
目次
センター定位のトラック
MIXにルールはありません。なので、必ずセンターに定位させないといけないトラックというものは存在しません。
しかし、一般的なMIXではセンターに定位するトラックというものは大体決まっています。
以下、基本的にセンターに定位させるトラックを確認していきます。
メインボーカル
歌もの楽曲の主役=ボーカルトラックは基本的にセンターに定位させます。
住み分けの基本は、このボーカルトラックを邪魔しないように他のトラックを配置していくことになります。
バスドラム
リズムの低域を担当するバスドラムも基本的にはセンターに定位させます。
スネアドラム
リズムの中高域を担当するスネアドラムもセンター定位がスタンダードです。
ハイハットも併せてセンター定位とするMIXと、ハイハットのみ少しセンターを外すMIXがありますが、基本的に私はハイハットもセンター定位に置いています。
理由は複数あるのですが、ハイハットのマイクやオーバーヘッドマイクにはスネアの音も大きく被り込んでいます。オーバーヘッドはドラムセット全体の収音が目的なので、被り込んでいるというのは少し違いますが。
ハイハットのPANをセンターからずらすと、スネアの定位もずらした方向に引っ張られます。結果スネアの定位がセンターから外れてしまいます。
また、オーバーヘッドの定位も単体で聴いたときにスネアがセンターに聴こえるように調整しています。
ベース
低域でコード感とリズムを担当するベーストラックもセンターに定位させるべきトラックです。
音色に芯が無いとサイドに低域が流れてしまうことがあるので、その場合にはSideにローカットを入れたりしてセンター定位を強調します。
リード楽器
間奏などでメロディーを担当するリード楽器も多くの場合センター定位になります。
ボーカルトラックと入れ替わりで間奏の主役になるイメージです。
持続する音と持続しない音
センター定位の主なトラックを確認してきたところで、音の持続性について考えていきます。
音楽的な言い方をするなら、サスティンが長い音と短い音というイメージでしょうか。実際にはサスティン~ディケイまでの音が聴こえなくなるまでの時間を考えます。
例えば、バスドラムやスネアドラムのサウンドはアタック音が減衰したら比較的短い時間で音が聴こえなくなります。
逆にリード楽器やベーストラック、ボーカルトラックはサスティンが比較的長く、特にボーカルトラックでは母音部分が多く含まれるサスティン成分こそが重要な部分です。
この持続する音同士が干渉すると、それぞれが聴き取りづらくなるため、しっかりと住み分けを行う必要があります。
例を挙げると、誰かと会話をしながら手を叩いても会話の内容自体は理解できると思いますが、同程度の音量で持続する騒音がある環境では会話の内容が理解できなくなります。
トラック同士を分離させる方法
センター定位のトラックだけに限らないのですが、トラックの住み分けを行うためにはいくつかの方法があります。
その代表例がPANを使用して定位をずらす、というものなのですが、今回はセンター定位のトラックに限定してそれ以外の方法で住み分ける方法をご紹介していきます。
音量に差をつける
最も簡単で、最も効果的なのがこの方法です。
単純にトラック間の音量に差をつけてしまえば、音量が大きい方のトラックが聴き取りやすく、音量の小さい方のトラックが聴き取りずらくなります。
また、音量を下げたトラックの音像は後ろに移動して、音量が大きいトラックの後ろから聴こえるようになります。後述のリバーブを使用した音像の移動と組み合わせて使うとより効果的です。
この方法が特に有効なのが、ボーカルトラックとコーラストラックの関係性です。住み分けという今回の趣旨とは少しずれてしまうのですが、同じ帯域を担当する主役とメインの脇役=コーラストラックでは後述のEQによる分離が困難になります。
基本的に音量で住み分けを図る際にはボーカルトラックの音量は固定して、ボーカルトラックの邪魔になっているトラックの音量を下げます。主役は一番前に、脇役は後ろに、が基本です。
周波数帯域を分ける
トラックに含まれている周波数帯域をコントロールすることで、トラック同士の住み分けを図る方法です。EQを使用した方法ですね。
この方法でも、基本的にはボーカルトラックをEQするのではなく、邪魔になる方のトラックをEQでコントロールします。
ボーカルトラックの存在感は200Hz~800Hzあたりの中低域に存在し、他のトラックのこの辺りを少しカットしてやることで分離が良くなります。カットする際のEQはサウンド作りの時のEQよりも広めのQで2~3dB程度までのカットにするのが無難です。
ボーカルの抜け感は4kHz~8kHzあたり、さらにその上の12kHz~16kHzあたりでコントロールすることが可能です。分離が取れずに埋もれてしまう場合にはこの辺りを少しブーストしてやると抜けてくることがあります。
また、ボーカルトラックの濁りを取ってスッキリ聴かせるために400Hz辺りにカットを入れることもありますが、この時にカットしすぎるとスッキリはするのですが、存在感が薄くなり、アンサンブルで聴いたときに他のトラックに埋もれてしまうことが多くなります。
ベーストラックとボーカルトラックの住み分け
周波数帯域で特に注意すべき点は、低域は高域をマスキングするという点です。
センター定位の持続音同士、ベーストラックとボーカルトラックの住み分けを行う場合に、ベーストラックの200Hz~800Hzをカットしても、音量バランスによってはボーカルトラックにマスキング効果が発生して聴き取りづらくなります。
こういった場合には過度に出ているベーストラックの低域をカットするか、シンプルにベーストラックの音量を下げる必要があります。
音量を下げたことでベーストラックのラインが見えづらくなってしまった場合には100Hz付近の低域を少しカットして1kHzあたりを少しだけブーストしてやることで解決することがあります。
バスドラムトラックとベーストラックの住み分け
恐らくこれが一番頭を悩ませる住み分けなのではないでしょうか?
大前提として、MIXを始める段階でどちらをMIX全体の一番下に位置させるかを決めておく必要があります。
音として現れにくい30Hz程度でローカットを入れると、30Hz~60Hz辺りをMIXのローエンドとして考えることになります。
低域楽器だからという理由でこのローエンドをベーストラックでもバスドラムトラックでもブーストしている方が多い印象なのですが、これはあまり有効とは言えません。
前述のとおり、低域は高域をマスキングします。低域成分が多すぎると多重にマスキングが起こるため、MIX全体が濁り音が団子になりやすくなります。
例えばバスドラムをボトムに置く場合、バスドラムトラックの60Hzを3dBブーストするとしましょう。多くの場合、これでMIXのボトムは満タンです。ここにベーストラックをそのまま合わせるとローエンドが飽和します。
ここで、敢えてベーストラックの60Hzを3dBカットします。その分120Hzを3dBブーストしてやって、ベーストラックのローエンドを100Hz辺りに定義するとベーストラックの引っ込んだところにバスドラムがはまって一体感が生まれます。
100Hz辺りが込み合った場合にはバスドラムトラック側をカットします。ベースをボトムに置く場合は逆に行います。
裏技的に、ベーストラックにディエッサーをインサートして、ローエンドの盛り上がりを抑制したり、アクティブEQやマルチバンドコンプを使って特定の帯域をコントロールする方法もよく使用しています。
少し趣旨からそれますが、ベーストラックにサイドチェーンコンプをインサート、バスドラムをトリガーに設定して2dB程度のコンプレッションを設定することでもローエンドの飽和を避けることが出来ます。
エンベロープを調整する
エンベロープとは、アタック・リリース・サスティン・ディケイで表される時間軸ごとの音量変化を指します。
よく言われるタイトなドラムトラックとはこのエンベロープの内リリース以降が短く処理されたトラックのことを指します。
持続音のところで触れましたが、騒音が鳴り続ける状況では会話が出来ない、ってあれです。実際にMIX内に騒音が鳴り響くことはありませんが、トラックの持続音が楽曲のテンポに対して長すぎるとMIX全体が濁ります。
大げさな例ですが、ノンミュートのバスドラムをオフマイクで収音したトラックがアップテンポのロックナンバーで鳴り続けていたら、ベーストラックとの分離も非常に悪く、ボーカルトラックもマスキングされ続けて良いMIXにはなりえません。
エンベロープの調整にはコンプレッサー・ノイズゲート(エキスパンダー)・トランジェントエフェクトなどを使用します。
それぞれの機能の詳細な解説は下記記事をご参照ください。
コンプレッサー
コンプレッサーは基本的にしきい値以上の信号を圧縮する、という効果です。
コンプレッサーでエンベロープを積極的にコントロールするためには、アタックタイムとリリースタイムの設定を行います。
アタックタイムを長めにとることで、トラックのアタック成分を潰すことなく、リリース以降の成分だけにコンプレッサーを動作させることが出来ます。この時、次のショットがコンプレッサーに入力される前にコンプレッションが戻るようにリリースタイムを設定します。これはスネアドラムとバスドラムに非常によく使われる方法です。
また、コンプレッションされたトラックは後述の音像が前に出てきます。そのため、過度なコンプレッションを行うとせっかくエンベロープをコントロール出来ても別の理由で邪魔になるトラックが出てきてしまうことに注意が必要です。
よく耳にするのが、全てのトラックがオーバーコンプになっていて、音像が前に張り付いているMIXです。メジャー作品でも多いのですが、奥行き感が全く感じられず好きなMIXではありません。
ノイズゲート
ノイズゲートの基本効果はしきい値以下の信号を減衰させる、というものです。
コンプレッサーとは逆に、アタック成分を通した後にゲートが閉じるように設定することでリリース以降の信号を抑えるような使い方をします。
こちらもドラムトラックによく使用されています。
個人的には、ゲートが開くときのノイズがトラックに付加されて独特のアタック感、バイト感が出るので、それを目当てに使用しています。コンプレッサーのように音像が前進することもないので扱いやすいです。
トランジェントエフェクト
トランジェントエフェクトは比較的新しいジャンルのエフェクトで、サウンドをアタック成分とリリース以降の成分に分離させて音量を個別にコントロール可能です。正直、動作原理はよくわかっていません。
こちらも基本的にはドラムトラックに使用されることが多いです。
エンベロープコントロールでは非常に使いやすく、リリース成分の音量を下げるだけでトラックをタイトに引き締めることが可能です。
音像を前後させる
先ほども何度か音像について触れましたが、MIX内では音の聴こえ方によってトラック同士が前後に定位しているように聴こえます。立体的なMIXはこの音像をコントロールすることで成り立っています。
音像の基本は、音量が大きければ近くで鳴っているように、音量が小さければ遠くでなっているように聴こえる、という部分です。近くと遠くを組み合わせることでトラック同士の分離を図ります。
高音域をブースト・カットすることで音像を前進・後退させる方法もあります。ボーカルトラックを前進させるために高域をブーストし、リバーブ音を後退させるためにハイカットを入れる、などが代表的な例です。
音像コントロールの一環として、小さい音でも近くで鳴っているように聴かせる方法としてはコンプレッサーを使う方法があります。
かなりしっかり潰してやることで、音量を下げても音像が後ろに移動せず、近くで鳴っているような効果を生むことができます。
また、リバーブやディレイなどの残響系エフェクトをかけたトラックの音像は後ろに移動していきます。リバーブへのセンドを増やしたり、リバーブタイムを長くすれば更に後退します。
よく陥りがちなのが、ボーカルトラックに深め長めのホールリバーブなどを設定したために、音像が後ろに移動してしまい、結果として埋もれてしまう現象です。
狙ってやるのはよいのですが、そうでない場合には短めのプレートリバーブと組み合わせてリバーブ感を強調したり、プリディレイを長めに取ったりして回避してやる必要があります。
私はスネアドラムとボーカルトラックの前後関係の調整にリバーブをよく使用しています。スネアのリバーブは3種類を組み合わせて使用することが多いです。
3種類の内訳は、
- 通常の使い方をするステレオのプレートリバーブ
- ドラムセット全体に使用するルームリバーブ
- 奥行きを演出するモノラルのプレートリバーブ
です。
スネアを後方に移動させるためにステレオリバーブを深くかけると、スネアの成分がサイドに流れていってしまうので、リバーブ成分が真後ろに尾を引くイメージでモノラルリバーブを使用して音像を後ろに下げています。
スネアドラムはリズムの肝にあたる中高域トラックなので、音量を下げたり、EQで中域をカットしたりと言った方法が取りづらく、存在感を保ったまま後ろに下がっていただくためにモノラルリバーブはおすすめです。
3行でまとめると
- 主役の邪魔をするトラックを処理する!
- 音量・周波数帯域・音像で分離させる!
- 低域は高域をマスキングする!
最後に
今回は、センター定位のトラックの配置、住み分けについて解説をしてきましたが、この方法にPANでの定位コントロールを組み合わせたものがMIX内の基本的なトラック配置の方法になります。
PANで左右、EQで上下、音量・残響で前後というように立体的な音像コントロールが出来るようになれば、多トラックのセッションでもそれぞれのトラックを際立たせることが出来るようになり、MIXのレベルも格段に上昇します。
また、このページを見て頂いている、ということはセンターパートの分離が取れないことが気になっている、ということだと思います。そして、そこに意識が回っているということは、比較的MIXに慣れているということだと思います。
そのため基本的な用語の説明などは飛ばして解説を行ってきましたが、気になる用語はブログ内検索をしていただければ解説しているページに飛ぶことが出来るので、そちらを持って解説に代えさせていただければと考えております。
最後まで見て頂いてありがとうございます。この記事が少しでも皆様のお役に立てていれば幸いです。
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