DAWでのMIXに必要不可欠なコンプレッサープラグイン、様々なメーカーから色々なモデルがリリースされています。
トラックのレベリングに重きを置いた原音に忠実な、コンプ臭さがないコンプレッサーから、倍音を付加しサウンドを変化させて行くのが目的のコンプレッサーなどプラグインごとの特徴も様々です。
さて、DAWに標準搭載されているコンプレッサーや、プラグインバンドルに含まれていてなんとなく使っていたプラグインコンプレッサーの操作子に注目してみると、なんだか似ている見た目をしていることがあるんじゃないでしょうか。
また、コンプレッサーの名称も『COMP76』、とか『COMP2A』とか『ChildCOMP』なんて名前になっていたりするんじゃないでしょうか。それらは間違いなく所謂ヴィンテージコンプレッサーのモデリングプラグインです。
モデリングプラグインとは、実際のビンテージハードウェアの特性をモデリング(模倣、似せて)して作られたプラグインで、実際のハードウェアに近いキャラクターを持っています。同じモデルのプラグインでも元となったハードウェアの個体差や、解析環境、各社の方向性でサウンドは異なります。
今回はコンプ界のビッグ3と呼ばれる中から1176と、そのモデリングプラグインをご紹介して参ります。
目次
UNIVERSAL AUDIO(UREI)
1176
通称1176(イチイチナナロク)、「76(ナナロク)」などと呼ばれています。昔ながらのエンジニアさんの中には、昔の社名でUREI(ウーレイ)と呼ぶ方もいらっしゃいます。
プラグインコンプの名称に『76』とついていたら間違いなくこのモデルです。動作方法を示す『FET』なんて文字が入っているコンプレッサーも怪しいです。
オリジナルハードウェアの特徴
オリジナルハードウェアの初期型はUNIVERSAL AUDIOと創始者が同じUREIからリリースされましたが、現在ではUNIVERSAL AUDIOブランドに統合されています。ハードウェアの製造時期によりREV.A〜REV.Hまで製造されていて、それぞれのモデルでサウンドのキャラクターも見た目も異なります。ちなみにREVはリビジョン(Revision)の略ですね。
モデリングプラグイン化されているのは多くの場合、ブラックフェイスと呼ばれる1176LN REV.Eですが、本家UNIVERSAL AUDIOからは1176 REV.Aと1176AE(アニバーサリーエディション、REV.AとREV.Eのいいとこ取り)もプラグイン化されています。型番のLNはLow Noiseの略で、REV.Cから付いているそうです。
ちなみに現在UNIVERSAL AUDIOから1176LNが復刻されています。ベースになっているのはREV.Eで当時のサウンドを再現した上で改良も行われています。
UNIVERSAL AUDIO / 1176LN
1176を語る上で最も重要な点として、コンプ自体の動作回路にはFET(Field Effect Transistor=電解効果トランジスタ)が使われていることが挙げられます。
FET?なんのこっちゃですね。私も詳細に説明するには知識が足りないので、ごく簡単にFETコンプの特徴のみをあげると、『アタックがとても速い』、『コンプの動作に合わせてサウンドがスピーディーに変わる』という点が挙げられます。
1176系プラグインはアタックが早くて、コンプ感が出やすい、この部分だけ認識できていれば、良いと思います。
各パラメーターについて
コンプレッサーの基本的なパラメーターについては以前の記事でもご紹介した通り、Threshold、RatioにThresholdを超えてからコンプが動作するまでの時間を決めるAttackと、Thresholdを下回ってからコンプが動作を解除するまでの時間を決めるReleaseで構成されています。
さて、改めて1176のパネルを見て行くと、INPUT、OUTPUT、ATTACK、RELEASEの4つのノブにRATIOが4つのボタン、METER選択用の3ボタンとOFFスイッチで構成されています。
Thresholdは固定で下げられません。その代わりにINPUTノブを上げて、入力信号をThreshold付近まで持ち上げて動作させます。この過程で上がりすぎたボリュームをOUTPUTを使って調整するような使用方法をとります。ATTACKとRELEASEは時計回りに回して行くと短くなって行きます。通常と逆なのでお間違いなく。
RATIOも4:1、8:1、12:1、20:1の4パターンから選択式です。3:1とか6:1とか間の値は選択できません。RATIOに関して、一般的過ぎて裏技にもなっていないのですが、RATIO複数ボタン同時押し、という技があります。多くのプラグインではShiftを押しながらRATIOボタンをクリックすると同時押しモードになります。一言で言うと、とても潰れて、とても歪むモードです。
以下の記事では1176LNのATTACK値やRELEASE値、KNEEについての実測データやメーカー公表値などをご紹介しています。こちらも合わせてご参照ください。
1176系プラグインの有効な使い所
モデリングプラグインもオリジナルハードウェア通り、アタックが早く、サウンドが素早く変化するという特徴を持っています。その特徴を活かした運用をすると効果的です。
例えば、テンポの速い曲のスネアやバスドラムに遅めのATTACK(とは言っても一般的なコンプに比べれば速い)でトラックのアタックを逃して、余韻の部分に強めのコンプレッションをかけて本来のアタックを強調したり、サウンドの変化を狙ってベーストラックにインサートして使用したりするのが有効です。
他にも、和音を主体にリズミカルな伴奏をするピアノやアコースティックギターなどのトラックにも有効です。
全体的に、原音のアタック成分だけを逃した直後に動作させるように設定し、次のアタックが入ってくる前にリリースさせて使用するのが最も特徴を活かせる運用方法です。
以下のページでは、実際に1176でドラムトラックをコンプレッションしたものや、実戦的な使用方法についてご紹介しています。
1176は良くも悪くも元の波形を変形させて、『コンプをかけましたー』ってサウンドになるので、元の波形を活かすナチュラルなコンプレッションは苦手としています。
前述の同時押しモードは、そのままではかなり扱いにくいサウンドですが、パラレルコンプとして使用して、原音に歪んだサウンドを混ぜ合わせていくような使い方で活用することができます。
ドラムのトップマイクやルームマイクをハードにコンプレッションすると、ドラムセットから遠いところで集音している遠くで鳴っているサウンドから、近くで鳴っているようなサウンドに変化させることができます。
モデリングプラグイン紹介
それでは、ここからは代表的な1176モデリングプラグインをいくつかご紹介してまいります。
個体差こそあれ、同じものをモデリングしているとは思えない位、サウンドには各社の特徴が出てきます。
UNIVERSAL AUDIO
1176 CLASSIC LIMITER COLLECTION
本家UNIVERSAL AUDIOのUAD-2プラグイン、1176 CLASSIC LIMITER COLLECTIONは実機に感触が一番近いプラグインという印象です。1176 REV.A、1176LN REV.E、1176AEの3つのプラグインとDSP負荷軽減版LN、SEがバンドルされています。
外部DSPを使用するため、UADアクセラレータ、またはUADオーディオインターフェイスの導入が必要なので若干ハードルが高いですが、1176以外にも数多くの高品位なアナログモデリングプラグインを使用可能なため一番のオススメです。外部DSPを使用するために、CPU負荷を気にせず使用できるのも魅力です。
基本的にUADオーディオインターフェイスやアクセラレータを購入すると、1176LNのDSP負荷軽減バージョンがバンドルされてきます。
当然同社の通常盤に比べるとイマイチな部分もありますが、低価格帯のUADオーディオインターフェイスは搭載DSPの数が少ないため、フル版を動作させることのできるトラック数が少なくなることもあり。バランスが取れています。
低負荷版でも一般的なアナログモデリングプラグインとして考えれば十分に高品質なプラグインであることを付け加えておきます。
UNIVERSAL AUDIO / ARROW
オーディオインターフェイスは既に持っていて不要だし、UNISONプリアンプにも興味がないけどUADプラグインは使いたい、という方には単体の外部DSPユニットUAD-2 Satelliteがオススメです。USB接続/ThunderVolt接続がそれぞれWin/Macに対応しています。
UNIVERSAL AUDIO / UAD-2 SATELLITE USB OCTO CORE
Waves
CLA-76
プラグインエフェクトのスタンダード、WavesのCLA−76はアメリカのエンジニア、クリス・ロード・アルジ氏が所有している1176 REV.Aと1176LN REV.Eのモデリングプラグインです。
導入の際には単体ではなく、CLA-2AとCLA-3AもバンドルされているCLA Classic Compressorsバンドルがオススメです。Black Fridayなどのセールの際には価格がとても安くなるので、タイミングも考慮してみましょう。
REV.AとREV.Eのサウンドは、CLA-76プラグイン内でREV.Aを表す[BLUEY]とREV.Eを表す[BLACKY]それぞれのスイッチで切り替えて使用します。また、電源電圧によるアナログ回路のノイズもシミュレートしていて、50Hz/60HzとOFFから選択可能です。個人的にはWavesのANALOGは全てOFFで使用していますが、細かいところも面白いな、とは感じています。
サウンドとしては、オリジナル1176LNに比べて派手でコンプ感もわかりやすい、実にWavesらしいサウンドが特徴です。オリジナルに忠実というよりは、「狙いのサウンドがあって使うものは個性を強調した方がいいだろう」という考えなのかな、と感じます。
Wavesプラグイン全般の特徴としては、動作が軽いことも挙げられます。本来アナログ回路のエミュレートはかなり重い動作になるハズなのですが、CLA-76はあまりCPUに負荷をかけないで使用できるのが強みです。
WAVES / CLA Classic Compressors
Softube
FET Compressor
モデリング界の第一人者、スウェーデンの雄Softubeの1176モデリングプラグインですが、ちょっとこれは凄いかもです。Tube-Techの時も感じたのですが、アナログ機材をいじっている楽しさ的なものを感じることができてしまいます。
1176のキャラクターを損なわずに、現代的なコンプに必要な機能が追加されています。上記2つのプラグインとは違って、公式に1176をモデリングしたとは謳っていませんが、高速アタックタイムの解説の項に”Super fast attack time (just like the original)”と記載があります(原文ママ)。the originalとは間違いなく1176LNのことを指しています。
現代版1176とも言えるFET Compressorに追加されている機能は、RATIOの連続可変、プラグイン単体でのパラレルプロセッシングに対応するPARALLEL INJECT、SIDE CHAINにフィルター、そしてLOOK AHEADです。
同時押しモードのパラレルプロセッシングが単体で可能、というのは大変大きいと思います。また、ルックアヘッド(波形の先読み)を利用して、1176のただでさえ速いアタックタイムを更に高速化し、波形の頭から完全に潰してしまうことも可能になっています。
SoftubeにはFET Compressor単体だけでなく、Summit Audio、Trident、Drawmerなどの高品位なモデリングプラグインも同時にバンドルされたVolume 2バンドルがあります。単体でプラグインを集めるよりも経済的なので、導入を検討してみるのもよいですね。
Native Instruments
VC 76
これはあまり単体で持っている方はいらっしゃらないと思いますが、同社のKOMPLETE ULTIMATEにバンドルされています。ULTIMATEには通常盤と比べてインストゥルメントが大幅に増加しているだけではなく、有用なプラグインエフェクトも追加されています。
エンジニア向け、と言うよりはクリエイター、コンポーザー、アレンジャー向けですが、サウンドはしっかりと1176の特徴を掴んでいます。どちらかと言うと、特徴が強調されていて自然なニュアンスよりも1176感を押し出したい場合に使用するのが良さそうです。クリエイター向けと言ったブランドの特色でしょうか?
このVC76、実はなんと上記のSoftubeとの共同開発プラグインとなっています。サイドチェーン入力やDryミックス(パラレルプロセッシング)などにも対応し、かなり使いやすいプラグインに仕上がっていますね。
VC76が含まれるKOMPLETE ULTIMATEは通常版と比べて、かなり価格的にも上がってしまうので導入に踏み切れない方も多くいらっしゃるとは思いますが、拡張音源やこのVC 76だけではなく、他にもSoftubeと協力して作ったアナログモデリングプラグインなども追加されているので、アップグレードを検討してみるのもよいでしょう。
Native Instruments / KOMPLETE 11 ULTIMATE
Native Instrumentsの更新版は名称が大分紛らわしいので注意が必要です。
KOMPLETE8〜11の通常盤から、KOMPLETE 11 ULTIMATEにアップグレード(UPG)するのが↓のUPG版です。古いバージョンのKOMPLETE ULTIMATEからKOMPLETE 11 ULTIMATEにアップデート(UPD)するUPD版とは異なるパッケージなので注意しましょう。
Native Instruments / KOMPLETE 11 ULTIMATE UPG for K8-11
各種DAW標準の1176系プラグイン
ここまではサードパーティー製の有償プラグインをご紹介してきましたが、ここからは各種DAWに標準で無償付属する1176系プラグインをご紹介して行きます。
ProTools
BF76
以前はBOMB FACTORY BF-76と言う名称だったと記憶しております。
1176LNをモデリングした、速いアタックと押し出すような強いコンプ感を得られるプラグインです。印象としては、実物よりも大分パンチがある感じがします。以前、付属プラグインだけでMIXを行う企画で多用したのですが、1176感を出すのには十分使えるプラグインですね。
Cubase
Vintage Compressor
Elements以上の有償版Cubaseに付属する1176系プラグインです。
VUだけではなく、ピークメーターがついていたり、オートリリースがついていたり、PUNCHボタン(アタックを逃す機能)がついていたりします。
正直、使ったことがないのでサウンド面についてはコメントできません。申し訳ないです。
Logic Pro
Compressor
コンプレッサータイプの中の、Studio FETが1176LN REV.E、Vintage FETが1176 REV.Aのモデリングです。
このCompressorプラグインではコンプレッサータイプによらず、パラメーターが変わらないので、通常のコンプレッサー同様、ThresholdやRATIOノブがついています。
サウンド面は、確かに『っぽさ』は感じるものの、全くの別物だと考えた方が良いでしょう。決して使えないプラグインという訳ではないのですが、他に選択肢があるのなら迷わずにそちらに手が伸びてしまいます。
LogicはEQもそうなのですが、アナログモデリングをバンドルさせる、という部分は評価できるのですが、問題はその中身・質の部分にあると思います。
3行でまとめると
- FETコンプはアタックが速い!
- しっかり潰れてコンプ感満載!
- メーカーごとにキャラの濃さが違う!
最後に
ここまで、1176系コンプレッサープラグインについてご紹介してきました。生まれた頃には既に一線で活躍していたコンプレッサーが、形を変えて今でもスタンダードに使われていることに驚きを感じます。
アップテンポなロックやダンスチューンでパツパツとしたコンプが欲しければ、間違いなく1176が第一選択肢に上がると思います。
現代的な多機能コンプと違って少ない操作子なので、欲しいサウンドが決まっていれば作業は非常に素早く進めることができるのもモデリングプラグインのメリットだと思っています。
当ブログのFacebookページです。
少しでも皆様のお役に立てたら「いいね!」していただけると歓喜します。
[…] 内容についてはこちらの記事を参考に […]
[…] 内容についてはこちらの記事を参考に […]
[…] 内容についてはこちらの記事を参考に […]