EQ

その差歴然!HPF=ハイパスフィルターでスッキリサウンドを!

カット方向で使用するEQについては以前にご紹介したのですが、今回はEQの前段階、フィルターについてご紹介していきます。

多くの場合、EQの一部として捉えられているHPF(ハイパスフィルター)ですが、有効に使用することで低域だけでなく、トラック全体のEQ処理、2MIXのサウンド作りが格段に楽に、キレイになります。

カット方向のEQについての記事はこちらです。




目次

HPFとは

HPF=ハイパスフィルター(High Pass Filter)とは読んで字のごとく、高音域を通すフィルターです。低域をカットするフィルター=ローカットフィルターという呼び方もされていますが、効果は全く同じです。名称についてはメーカーや機種によってさまざまですが、HPFはハードウェアのコンソール、DAWのプラグイン共に大変重要な役割を持っています。当ブログではHPFという呼称で統一していきます。

HPFの効果

低音域は高音域の音をマスキングします。どういうことかと言うと、高音域が鳴っていても低音域が邪魔をして聴こえていない状態になります。この時、高音域をEQでブーストするよりも各トラックの低域をHPFでカットした方がMIX全体がスッキリとします。また、HPF以降のダイナミクス系エフェクトも余分な低域に反応することがなくなるため、かかり方が綺麗になります。

また、ハムノイズなどの外来ノイズやマイクの吹かれ、ポップノイズなども、その多くは低域に乗ってきます。PA/SRではそういった意味もあり、HPFを使用することが多いです。

HPFのパラメーター

さて、ここからは実際のHPFのパラメーターを確認して行きましょう。

EQ3Filter

画像はProTools標準プラグインEQ IIIのEQ III 1Bandです。TYPEからHigh-Passを選択することで、標準的なHPFとして機能します。CPU負荷が軽量なこともあり、多チャンネルに使用可能で、かかり方も標準的な、便利に使用出来るHPFです。

FREQUENCY

フィルターの動作基準周波数です。HPFはFREQUENCYで設定した周波数以下の周波数に作用します。個人的な経験では、メーカーによって多少のズレはありますが、FREQUENCYで設定した周波数で3dB落ちるフィルターが多いように感じます。

Q、FILTER SLOPE

EQとパラメーターが共通になっている機種ではQの項目で設定することも多いですが、正確にはFILTER SLOPEという設定項目で単位は[dB/oct]です。SLOPEはスロープと読み、傾きのことを示しています。FILTER SLOPEではFREQUENCYで設定された周波数以下の信号を1oct(オクターブ)あたり、何dB減衰させるかを設定します。

例えば、12dB/octであれば、FREQUENCYで設定された周波数以下の信号を1オクターブあたり12dB減衰させるカーブのフィルターということになります。この値が大きければ大きいほどHPFの傾きが急になり、設定周波数以下の信号を通さなくなります。

40Hz〜80Hz、200Hz〜400Hzのように周波数が2倍の数値になるところまでが1オクターブです。

HPFとシェルビングEQとの違い

さて、ここまでの説明で設定周波数以下の帯域をカットする、というHPFの基本的な性質はお分かりいただけたかと思います。

あれ、でもこれって、EQカーブのシェルビングと何が違うの?、と感じた方は非常に感性が鋭いです。結論から言うと、同じではないですが低域をまとめて処理する、といった点で共通点も多いです。以下にそれぞれを画像をご用意しているのでご覧ください。

EQ3FIL
まずは1枚目の画像、こちらがHPFでカットしたカーブです。

EQ3EQ
2枚目の画像、こっちはLFにシェルビングEQを使用してカットしたものです。

見比べてみると、カーブの入り口こそ似ているのですが、より低い帯域でのカーブが大きく違っています。18dB/octのHPFでは設定した125Hz以下では1オクターブごとに18dB落ちていっているのに対して、EQでカットした場合は、設定した周波数以下を-6dBしているといった状態が見て取れると思います。

実際にEQのカーブがグラフの通りになっているとは思っていませんが、ご参考ください。

また、HPFとEQを組み合わせて使用すると、以下のように少し変わったカーブを作成することが可能です。

EQ3FIL_EQ
ピーキングEQでは基本的に左右非対称のブースト、カットを行うことはできませんが、HPFとシェルビングEQを組み合わせることでこのようなカーブを作成することができます。

HPFの使いどころ

HPFの効果が分かったところで、実際にどういったトラックに対して使用するのが効果的なのかを考えて行きましょう。

DAWでもライブPAでも狙いは大体共通なのですが、まず第一に低域を必要としないトラックに使用します。次に低域が他のトラックの邪魔になるトラックに使用して行きます。

低域を必要としないトラック

PAを通していない生のドラム演奏をお聞きになったことがある方は、ハイハットやシンバルなどの金物と呼ばれる楽器に意外と低音が含まれていることをご存知だと思います。シンバルには「シャーン」と鳴って欲しいところですが、実際には「ゴワーン」というような低域も含んだ音をしています。

ハイハットなどはこれに加えてマイクでの近接集音効果により、低域が多く取れているため、サウンドのイメージとはかけ離れしまっていることも少なくありません。

こんな時には大胆にHPFを使用して、必要のない低域をバッサリ切ってやると、金属的な抜けのある高域を目立たせてやることができます。前述した通り、低域には高域をマスキングする性質があるため、不要な低域が多く鳴っている状態では各トラック本来の抜けが出てきません。

低域が他のトラックの邪魔になるトラック

繰り返しになりますが、低域は高域をマスキングします。そのため、不要な低域が鳴っているトラックがある状態では他のトラックまで抜けて来なくなる、などの悪影響を及ぼします。

また、意外に思われるかもしれませんが、エレキベースやバスドラムなどの低域楽器でもHPFを使用して不要な低域を処理するのが一般的です。このようなケースではあまり大胆にカットするような使い方はせず、本来のサウンドに影響を及ぼさない位の軽めの設定をすることがほとんどです。

実際にHPFを使用する際の目安

実際にどの程度のFREQUENCYから、どの程度のSLOPEでHPFを使用するかはエンジニアの個性や手法によるところが非常に大きいのですが、以下に楽器別にZAL的なHPFの目安をご紹介して行きます。

※今回ご紹介する数値はあくまでも参考値として捉えてください。フラットな状態のサウンド、音楽ジャンル、MIXの方向性など様々な要素で最適な値は変わります。

ドラム類に使用するHPF

基本的にハイハットやシンバル(オーバーヘッド)などのトラックには200Hz〜400Hz、12〜18dB/Oct程度の非常に強いHPFを使用することが多いです。金物に低域は必要ない、といった考え方が基準になっています。オーバーヘッドマイクを高めにセッティングしてシンバル類だけでなく、ドラムセット全体と空気感を集音している場合はこの限りではありません。

また、近接した位置に多くのマイクをセッティングするドラムセットでは、どうしてもマイクの『かぶり』を避けることができません。ハイハットのマイクにもスネアドラムやバスドラムの音がかなり入って来ています。それらをカットするためにも深めのHPFを使用します。

スネアドラムのトップマイクには100Hz程度、ボトムマイクには200Hz程度、共に6〜12db/oct程度のHPFを使用することが多いです。狙いとしては、スネアの抜けを出すためと、ボトムマイクに関しては、スナッピー(響き線)の集音に重きを置いているためです。また、表面と裏面からマイクで集音している関係上、位相干渉の影響は避けることができません。周波数的には低域の方が位相干渉の影響を受けやすいため、ボトムマイクには高めのFREQUENCYを設定しています。

バスドラムのトラックにも40Hz、18dB/oct程度のHPFを設定することが多いです。この帯域以下が出すぎていると、ベーストラックと合わせた時に上手く混ざらず、サウンドが濁ります。ビーター狙いのマイクがある場合は、そちらには200Hz程度のHPFをかけます。位相干渉対策でもあるのですが、アタック音の集音に重きを置くため、単体で聞くと「ペチペチ」いう位のサウンドに仕上げます。

タム類に関しては最も音楽ジャンルによって設定値が変わるのですが、比較的低域を残したい場合で50Hz〜80Hz程度、アップテンポなメタルチューンなどでは100HzあたりのHPFを入れたりもします。

ドラムセットだけではなく全般に言えることですが、HPFで低域をしっかり処理しておかないと、その後のダイナミクス系のエフェクトがうまく作用しないことも問題になります。例えばコンプレッサーであれば、不要な低域にコンプレッサーが作動してしまい、常に過度のコンプレッションがかかった状態になってしまうこともあります。

エレキベースに使用するHPF

MIX内でのバスドラムとの縦の位置関係によりますが、30Hz〜80Hz程度のHPFを入れることが多いです。また、ベースアンプにマイクを立てて集音している場合は、近接集音で持ち上がった低域をうまく利用するために、60Hz辺りから24dB/octなどの極端なカーブでHPFを入れたりもします。

エレキギターに使用するHPF

音楽ジャンルにもよりますが、80Hz〜100Hz程度のHPFを使用して、ギターアンプから効果的に出力されない低域はバッサリカットします。

ライン出力機器に使用するHPF

シンセサイザーやエレクトリックピアノなどの電子楽器系は、本体のサウンド自体にHPFがかかっている場合も多いので、特にHPFは使用しなかったりもします。

エレアコなどは、ボディの共振などで低域が膨れ上がっている場合があるため、100Hz程度のHPFを使用したりします。

ボーカルに使用するHPF

人間の声には重低音などの低域成分が存在しないため。何も考えずに80Hz〜100Hz辺りまではHPFを入れちゃいます。女性シンガーの場合は140Hzあたりまで入れることもあります。スロープは12dB/Oct〜18dB/Oct位でしょうか。

また、より抜け感が欲しい場合は140Hz〜200Hzから6dB/octのフィルターを使用してなだらかに低域を処理するのも効果的です。




DAWでのHPF

ライブPAであれば、機種によってはFREQUENCYが固定のものもありますが、多くの場合コンソールの全てのインプットチャンネルにHPFが備わっています。内部の接続順としてはマイクプリの直後に接続されていることが多く、コンソールの入力段階で低域を処理する考え方をしています。

対して、DAWではHPFはEQプラグインに統合されているのが一般的です。また、HPFの接続順に関しては自由に設定できますが、私はプラグインチェーンの最初、テープシミュレーターなどを使用する場合はその直後に接続することをオススメいたします。その理由としては、不要な低域成分を含んだ信号をダイナミクス系のプラグインに通したくないからです。

インプットチャンネルのメーターを見ながらHPFをかけていくと、メーターの振れが小さくなっていくのがわかると思います。低域成分は高域成分に比べて狭い周波数レンジで主張をするためのパワーを持っています。例えば、50Hz〜100Hzの1オクターブでは50Hz分の情報量があるのに対して、10000Hz〜20000Hzのオクターブでは10000Hz分の情報量があります。

たとえ話の連続で恐縮ですが、低域の50Hzと高域の10000Hzで同じ主張力がある、とすると、低域は1Hzあたり高域の200倍のパワーがあることになります。このパワーが必要ないトラックではHPFでパワーを減らしてからダイナミクス系プラグインに通した方が、必要な帯域のみにエフェクトが作用するため、狙ったサウンドが出しやすくなります。

特にコンプレッサー、リミッターなどは低域に反応してコンプレッションを行う傾向にあるため、事前にしっかりHPFで低域を処理しておくことが必須になります。

オススメのHPFプラグイン

実際にHPF専用のプラグインを用意しなくても、ProToolsのEQ III 1 Bandのように負荷軽減などの目的で帯域を絞ったプラグインが付属するEQプラグインがあれば十分です。この項ではEQ III以外に軽くて扱いやすいEQ/HPFプラグインを3つご紹介いたします。

Waves / RENAISSANCE EQ

REQ2

Wavesの定番EQ、RENAISSANCE EQにはREQ2といった2バンドEQが含まれています。

このREQ2の低域側のEQタイプからHigh Pass Filterを選択することで簡易的にHPFプラグインとして使用することが可能になります。SLOPEの設定はQの数値を変更することで可能ですが、[dB/oct]の単位で正確に設定することはできません。

REQ4、REQ6などを使用し、カット用EQと同時にHPFで低域の処理を行うことが多いです。グラフの見た目よりもバッサリと切れる印象があります。

McDSP / FilterBank

F202

ProToolsの標準EQと呼ばれていたMcDSPのFilterBankにはEQだけでなく、フィルターに特化したF202というプラグインが含まれます。

-6、-12、-18、-24dB/octの4種のスロープから選択可能なHPF/LPFプラグインで同社のEQプラグインと比べて動作が軽いことが特徴です。

また、PEAKを設定することで、フィルターでの切れ際にブースト方向のカーブを作成することができる点がユニークですね。低域の処理の際にPEAKを設定することで、普段EQでブーストしていたポイントをより自然に持ち上げることができるために、使用してみることもあります。

Sonnox / Oxford Filters

oxfordfilter

SonnoxのOxford EQに含まれるフィルタープラグインです。

プラグインの外観が同社のOxford EQと同様ですが、EQ部分がグレーアウトしています。当然EQ分の負荷がないため動作は軽量です。REQ同様Oxford EQを使用してカット用EQと同時にHPFで低域を処理する使用方法が多いです。

こちらの特徴はスロープ値が-6、-12、-18、-24、-30、-36dB/octの6種類から選択できる点です。-24あたりまでは一般的なスロープなのですが、-36は強烈なカーブで、FREQUENCY付近からそれ以下の帯域がごっそりと無くなります。完全に不要な音を消し去るような使い方から、滑らかなフィルターまで、幅広く使えるHPFです。



3行でまとめると

  • 低域は高域をマスキングする!
  • 不要な低域をバッサリカット!
  • 後段のダイナミクスが綺麗にかかる!

最後に

MIXに関してコアな部分になればなるほど抽象的な表現や、比喩表現、感覚的な物言いが多くなってしまいます。こんな感じで伝わっているのか不安な部分も多々ありますが、今後の日本語能力や語彙力の向上に邁進して行く所存でございます。

最後にまたまた、比喩表現で恐縮なのですが、HPFで低域を処理するのは画用紙を貼り付ける貼り絵に似ているのかな、と。カットが甘いと重なる部分が多くなり、輪郭がぼやけてしまいます。逆に、カットしすぎると色に隙間ができてスカスカになってしまいます。

画用紙をトラックに置き換えて考えると、できるだけ重ならないように、また、隙間が開かないように、エフェクトの最初の段階でしっかりと処理をしていくことは大変重要です。

 

Facebookページやってます。
いいね!とかしていただけると歓喜します。



COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です