今回は音響機器、レコーディングの世界とは切っても切れない関係にある『歪み』についてご紹介いたします。『歪み』は『ユガみ』ではなく、『ヒズみ』と読みます。
レコーディング、MIXに関して、『歪み』と言うとネガティブなイメージがありますが、今回ご紹介するのは、デジタルのPEAKを点灯させてしまった時のデジタルクリップや、エレキギターのオーバードライブサウンドのような原音自体を変化させる強烈な歪みではなく、アナルグ回路特有の原音に倍音を付加するタイプのマイルドな、音楽的な歪みです。
目次
音楽的な歪みとは
レコーディングなどで使用されるアナログ回路では、音声信号が各機器の入出力段でマイクレベルからラインレベル、コンプやEQの出力段のラインアンプ、グループバスのラインアンプ、バッファアンプなどにより複数回に渡って増幅されることによってアナログ的な歪みが発生します。
なかでもビンテージ機材や高級アナログ機器のアナログ的な歪みは非常に音楽的であり、そのサウンドはアナログモデリングプラグインなどでシミュレートされていて、MIXをDAWで完結することも珍しくなくなった現在でも積極的に使用されています。
各社からリリースされているアナログモデリングEQプラグインやコンプレッサープラグインのほぼ全ては、アナログ回路で発生する音楽的な歪み感、倍音の付加を再現しています。
歪みに特化したプラグイン
アナログモデリングプラグインの中でもEQやコンプレッサーではなく、マイクプリアンプやテープレコーダーをモデリングしているプラグインが各社からリリースされています。
これらのプラグインは、EQのように音質を大きく変化させる目的ではなく、アナログ環境でMIXを行う際に自然に付加される『歪み』を付加してくれます。
そのため、主にプラグインチェーンの先頭にインサートすることによって、DAWのインプットがあたかもアナログテープやアナログコンソールのマイクプリを通過したようなサウンドに変化させることができます。それによって、後段のプラグインの効き方も変わってくるため、MIXにアナログ的な暖かさや派手さなどを与えることが可能です。
プラグインチェーンについては下記記事もご参照ください。
今回は、これらの歪みに特化したサチュレーション、ハーモニックプラグインを簡易的な周波数測定データを添えて、3つご紹介させていただきます。
周波数データの測定方法
歪んでいることを測定する方法として、倍音が発生しているかどうか、と言う点に絞って簡易的に測定しています。
ProToolsのSignal Generatorプラグインを使用して-16dBの1kHz正弦波(Sine Wave)を発生させ、それを測定対象のプラグインを通してからBlue Cat’s FreqAnalystで周波数グラフを見て倍音が発生しているかどうかを確認しています。
プラグインの設定によって発生する倍音も変わるため、ご参考程度に見てください。各プラグインは紹介画像の設定で測定しています。
余談ですが、Blue Cat’s FreqAnalystはフリーのマルチフォーマット対応プラグインで、簡易的に測定を行うのに便利です。私は、PA現場でもMac+UR22+CubaseAIとともに使用することがあります。
McDSP
Analog Channel
McDSPのアナログ回路を再現したAnalog Channel(AC101)プラグインです。AC101ではコンソールのインプット、ヘッドアンプの歪みを、AC202では、テープレコーダーの歪みを再現しています。
AC101はこの手のプラグインの中では動作が非常に軽く、多くのチャンネルに使用することが出来るのがメリットです。個人的に今回のご紹介する中では一番使用している超おすすめプラグインですね。
さて、測定結果は以下のようになりました。
インサートしただけでは原音のみが再生されている状態でしたが、GAIN REDUCTIONが若干触れる位のパラメーター設定にしたあたりから倍音が発生し始めました。グラフをわかりやすくするために若干オーバーぎみに突っ込んでいますが、納得の結果です。
Analog Channelを通してからの方が高域のEQが効きやすくオーバーEQになりづらい。そのため、各帯域のバランスを崩すことなくMIXができる、上品な歪み感ということができるのではないでしょうか。
意外だったのが、RELEASEツマミを反時計回りに絞って行くと、付加された倍音が大きくなっていくことでした。他のパラメーターは意外と細かく触ったりするのですが、RELEASEにそんな効果もあるとは思いもよりませんでした。大発見です。
Univarsal Audio
Studer® A800 Multichannel Tape Recorder
STUDERの名機A800をモデリングしたUAD-2プラグインです。
私は主にバスドラムやボーカルなどのトラックに使用しています。設定可能な項目が多く、軽めの動作からはっきりと歪ませる動作まで対応しています。
若干DSP負荷が高いので、使いどころに悩むことが多いのですが、録音環境などによって詰まってしまって抜けてこないボーカルトラックの特効薬です。
測定結果は以下の通りです。
バスドラムによく使用する、TAPE GPSで測定した結果、偶数倍音は2倍音のみ、そこからは奇数の倍音がかなりでてきます。ちなみに、低域に信号が発生しているのは、本体のNOISEがONになっているためです。
Waves
NLS Non-Linear Summer
最後はWavesのNLS CHANNELです。2016年の秋口にWUPによりDIAMONDにも付加されたプラグインで、せっかくだから使ってみていますが、3パターンそれぞれ違ったキャラクターを持っていて、触っていて楽しいプラグインですね。
3つのSTUDIOタイプはそれぞれ、SPIKEはSSL 4000G、MIKEはEMI TG12345、NEVOはNeve 5116をモデリングしたモードです。と言われてもSSL位しか実機のサウンドを聴いたことなどないのですが。
3タイプそれぞれを色々なトラックにインサートしてサウンドを確認してから測定して見たのですが、MIKEが一番強烈な個性を持っていて、次にSPIKE、一番おとなしいのはNEVOというイメージでした。
実際にアナライザー通してみて、自分の倍音に対する感覚が合っていて安心しています。
さて、今回は色々使えそうだな、と感じたMIKEを使用して測定してみました。
まずはインサート直後の状態
DRIVEのツマミを絞り切った状態でもこれだけ派手に倍音が付加されています。低域に関してはサウンドを聴いた感じでは付加されている感覚はなかったです。
次はこんな設定で測定して見ました。
歪みを付加するDRIVEツマミをセンター位置である[6]に合わせて見ました。絞り切りの時と比べてだいぶサウンドも派手になった印象を受けます。
この状態での測定結果はこんな感じでした。
低域のノイズがはっきりと盛り上がっているのはサウンドにも出ています。また、高域の倍音も、よりギラギラとし始めます。
しかし、無理に足した倍音という印象は受けず、ごく自然に歪み感がました印象でした。
最後に、マイクプリを通した状態をモデリングした、[MIC]をONにしてみます。
これは強烈です。アナログコンソールのHAでかなりしっかりとレベルを取った状態と同じレベルで歪んでいきます。この状態でDRIVEをあげて行くと、さらにどんどん音が派手になっていきます。まさしく、アナログコンソールの限界近くの挙動特有のガッツのあるサウンドです。
測定はDRIVEツマミを絞り切った状態で行いました。
これは、凄い倍音の出方ですね。目測ですが、3kHz、5Khz、7Khz、9kHz、11kHzと奇数倍音が特に強く発生しています。
また、基音である1kHzが若干レベル落ちしているのも見逃せません。基音のレベルが落ち、倍音成分が目立つことによって、さらに歪み感がましていることが伺えます。入力レベルの関係で歪みすぎてる部分もありますが、絞っていっても倍音は盛大に発生しています。
〜番外編〜 Univarsal Audio
Neve 1073 Preamp & EQ
最後に番外編として、通すだけで音が変わるプラグインの代表格、UAD-2の1073をEQ部分をフラットにした状態で測定して見ました。
その結果がこちらです。
そんなに強烈に倍音が付加されるわけではないですが、やはり、付加されていました。SEやLEGACYではEQフラット時に倍音が発生していることはなかったので、1073特有の挙動です。
また、UADの他のチャンネルストリッププラグインでも程度は違えどそれぞれ通しただけで倍音が発生していました。
3行でまとめると
- サチュレーションプラグインで倍音付加!
- アナログ回路を通したサウンドをモデリング!
- アナログ感のあるMIXで表現力UP!
最後に
さて、各社サチュレーション系プラグインを見てきました。今回のように周波数を測定してみるのも面白いですね。
今回の簡易測定で、1073を通した時に発生している倍音とMcDSPのAC101で発生する倍音の構成が非常に近いことに気づきました。McDSPの狙いは1073サウンドだったのかもしれません。1073とAC101、好きなサウンド同士が似たような倍音構成だったので自分の好みを可視化できたのが大きな収穫でした。
また、他にも各種プラグインをインサートして同条件で測定して見たのですが、1176やLA-2Aなどのアナログモデリングコンプは潰して行くと同時に高域の倍音が増していくような挙動を示すものが多かったです。逆にSonnoxやRCOMPなどは倍音が発生することもなく、綺麗に潰れていったのが印象的でした。
コンプで潰した後に高域をブーストすることで、倍音を目立たせ、音像を前に出す、という工程は非常に理にかなっていることを再認識できました。
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